それほど問題なくピアノを弾けているような指や手の動きをしている人でも、「左手がもう少し動くようになれたら」と言う人がいます。
おそらく日本人は右利きが多いので(9割くらいは右利きというデータもあるようです)、左手の動きに苦手意識を持っているのかもしれません。右に比べて動きが思うようにいかない左手に特化した練習方法と探っていきましょう。
左右は同量の練習をするべきか
早速左手を強化!といきたいところですが、その前に少し考えてみましょう。
左手の動きを右手並にしたいなら、左手の練習を右手と同量にするか、多くするかをしなくてはいけないでしょう。主流になっているツェルニーなどの練習曲では、右手が動く練習曲が多いので、こればかりやっていてはどうしても右手ばかりの練習になってしまうという指摘もあります。
そこで左手の練習をたくさんするために、練習曲の左手を強化する曲をたくさんやるとか、ツェルニーの右手パートと左手パートを入れかれて練習すると良いと推奨している人もいて、やると左手強化に効果的のような気がしますが……
では、練習曲集の左右の重点割合を見てみましょう。例として左手に苦労すると感じるレベルの人が使いそうなツェルニー30番練習曲と、同レベルより少し上のモシュコフスキー20の小練習曲を見てみます。(下の表はおおよその分け方で、厳密なものではありません)
ツェルニー30番練習曲 | 右手メイン | 1 3 4 6 8 11 12 13 14 15 20 22 25 | 13曲 |
---|---|---|---|
左手メイン | 2 9 | 2曲 | |
両手が動く | 5 7 10 16 17 18 19 21 23 24 26 27 28 29 30 | 15曲 | |
モシュコフスキー20の小練習曲 | 右手メイン | 2 7 11 12 13 15 | 6曲 |
左手メイン | 3 4 5 14 17 | 5曲 | |
両手が動く | 1 6 8 9 10 16 18 19 20 | 9曲 |
これを見てみると、確かにツェルニー(この場合は30番練習曲ですが、ここでは単にツェルニーとさせていただきます)は、右手の練習が中心のようです。左手に特化した練習曲は30曲中の2曲ですから、かなり少ない印象です。特に内容的には音階とアルペジオなどが多く、ピアノを弾く右手の基礎テクニックの習得と確認というのが、主な目的のように感じます。
これに対し、ツェルニーよりも少しあとの年代のモシュコフスキー(ここでは20の小練習曲のことです)は、左右のメインがほぼ同等の曲数です。またモシュコフスキーを弾いたことのある方ならおわかりでしょうが、これは単に音階やアルペジオが並んでいるようなものではなく、旋律的なものや多声音楽的なものが多く、音楽的な曲になっています。
これはツェルニーが古典的時代の名残もあって(ベートーベンの弟子でした)、古典ピアニズムを基礎としているのに対し、モシュコフスキーはロマン派時代の作曲家だったのが主な要因だと思います。ロマン派のピアニズムでは、左手はただの和音進行的な伴奏ではないので当然のことですが。
右手重視は確かだが
上の表で確認したように、一般的に多く使われているツェルニー練習曲は右手が左手よりも重視されているようです。ただ、「だからモシュコフスキーの方が良いのですね」という結論はちょっと待ってください。
ツェルニーも両手が動く練習曲が15曲ですから、半分です。左手2曲と合わせて半分以上。30曲を弾いたら左手は半分以上の練習曲で活発に動いています。
これはピアノの基本的テクニックを習得する過程としては、ギリギリではあるものの左右をきちんと練習できている割合だと思います。ツェルニーは右手重視の練習曲ではありますが、右手偏重ではないのです。
どういうことかというと、ピアノは右手が高音部で左手が低音部を弾くという楽器の性質上、右手の方が多く動くのは当然なのです。
考え方を白紙にしてみてください。
そもそも、左手は右手と同じくらいに動く必要があるのでしょうか?
こんなことを言うと、「そんなのあるよ!左手が右手のように速く強く動いた方がいいの決まっている!」というお叱りをいただきそうです。
確かにそのようには思いますが、では左手が速く強く動いたとして、いったい何の曲を弾きたいのでしょう。ショパンの練習曲「革命」を弾くのでしょうか?確かに革命は左手が速い動きをします。右手はほとんど和音のなので、左手が動かない人にはちょっときついかもしれません。
でも考えてみたら、ショパンの革命を弾くレベルの人で、左手が右手よりも極端に動きが悪い人は、あまりいないと思われます。そこまで到達する過程で、かなりピアノの練習を積んでいて相当なレベルのはずなので、左手は右手と同じに動かなくても、そこそこ思うように動くようになっているでしょう。
つまり、左手の動きが悪いと思っている人の多くは、実は右手もあまり動きが良くない人ではないかと思うのです。私自身は生徒を教えていて、「この人(子)は右手は良く動くのに左手はあまり動きが良くない」と感じることは、ほとんどありません。
当然のことながら、左手活躍する曲や左手のみの曲なども数多くあります。しかし一般的には右手を多く弾くことによって、左手よりも右手が鍛えられることは、おかしなことではありません。これはツェルニーを擁護しているわけではありません。
意外と単純な結論
ここまでで、だいたいご理解いただけたと思います。左手の動きに苦手意識を持っている方は、左手のための強化練習ということに気をとられるよりも、普通のピアノ楽曲や練習曲で左手もしっかりと弾けるように意識することが大切です(特に初級から中級くらいの方には)。それが出来ているならば、左手の動きは強化されて良くなっていきます。
ですから、ツェルニーの左右を取り替えて練習することは、無駄なこととは言いませんが、あまり賢明とも思えません。ツェルニーは30・40・50・60と様々な練習曲で、左手には左手の動きを練習できるように、右手には右手の動きが身につくように作っているのですから。
しかし、できればツェルニーをどんどん進めるのではなく、もう少し左手に動きと多声的な要素もあるモシュコフスキーやクラーマー=ビューローなどの練習曲を取り入れた方が、効果的だとは思います。全てでなくても抜粋でいいと思います。
つまり、練習曲でなくてもいいのです。モーツァルトやハイドンなどのソナタでも、左手の動きが多い曲は沢山ある(モーツァルトの有名なハ長調のソナタもそうですね)ので、そういった左手が活躍する曲を意識的に弾くことも、もちろん効果的な練習です。
ですが忘れないで欲しいのは、左手には左手の役割があるのだということです。左手に右手の役割をさせることはできません。
少々気をつけて欲しいのは、左手の練習をたくさんやろうとして、左手のパートのみを反復練習して弾くことです。これは良いことのように思われますが、肩などに力が入ってピアノを弾く姿勢の左右のバランスを崩すことがありますので、お勧めはしません。右手をサボらせているようにも思えます。
ピアノは両手を鍵盤に置く方が、片手で練習するよりも余計な力が入らないのです。
とは言われても、やっぱり左手をもっと訓練したいという人はこちらの→左手特訓実習をご覧ください。
左手はやはり動かないのか
左手は右手を違っていかに余計な力が入っているのかを知る必要があります。
例えば、ウチワで顔をあおいでみます。右手でやってみてから、左手でも試します。ウチワが身近になければ、ノートでも何でもいいです。
左右の手の感覚の違いをどのように感じましたか?
多くの人は、左手でウチワをあおぐのを難しい動作と思ったとことでしょう。特に腕に力がうまく伝わらないような、右手のようなスムーズさがないような感覚だと思います。
どうしてそのようになるのかは、だいたい想像がつくと思います。右利きの人は普段からあらゆる動作を右手を中心として行います。食事のときの箸やスプーン・ハミガキ・ナイフや包丁などの右手の動作のほか、意識をしない範囲でもタオルを絞る・靴紐を結ぶ・ネクタイをするといったことでも右手が中心(右利きと左利きではやり方が違う)で、左手よりもかなり多く使われているのです。
ですから、当然ように右手の方が左手よりも神経の発達や筋肉のつき方が上です。加えてたくさんの動作を右手はすでに経験しているので、同じような動作や似たような動作はもちろんのこと、新しい動きに対する慣れも早く、順応性があります。
対して左手はこれらが圧倒的に右手に劣るので、比較的新しい動きであるピアノを弾くとう動作にも、なかなか慣れていけないと考えられます。そして、慣れない動作をするということは、かなり余計な力が入るので、ますます思うように動かないのです。
これを知って応用すれば、日常の動作で左手をより多く使うことができます。簡単なものからはじめてみましょう。ハミガキは左手でも何とかできる動作なので、チャレンジしてみるといいでしょう。他にもドアを開ける・テレビのリモコンや携帯の操作などを右手でやっている方は、左手でやってみてください。
これらのことが即ピアノを弾く左手を楽にするというわけにはいかないでしょうが、余計な力を抜いて弾けるようになることの助けにはなる可能性があると思います。
左手をもっと訓練したいという人はこちらの→左手特訓実習をご覧ください。