「普段は弾けているのに、どうして人前やピアノ発表会、コンクールなどでは上手く弾けないのだろう」と思っている方は多いでしょう。
こうした時に気をつけなければいけないことは、発表会などの人前で上手に弾けない人の大半は、普段から弾けていない人だということです。ですから、日々の練習で着実に仕上げることが最優先となります。
しかし、普段は何回弾いても素晴らしい演奏をするのに、人前では弾けなくなってしまう人もやはりいるのです。「それが本当の実力」と言ってしまえばそこまでですが、ちょっとした工夫で不安や緊張感を軽減することはできます。その方法を考えてみましょう。
- このコーナーは、普段はしっかりと弾けていることを前提としています。普段から弾けていないのでは、発表会などでも弾けなくて当然ですので、演奏完成度の目安としては先に8割の演奏を目指してをご覧ください。
作戦1−普段から緊張感を演出
ピアノ発表会などで「さあ、弾くぞ」と思ったら、頭の中が真っ白に…そんな経験の人もいるでしょう。ピアノコンクールのようなイベントにでも出場しない限り、ピアノの発表会など人がいるところでピアノを弾く機会というのは、一般には年に1度か、もしかしたら数年に1回くらいかもしれません。つまり、圧倒的に人前演奏の経験が不足していることが、緊張感の原因の一つと考えられます。
そこで、とにかく自分のピアノ演奏を聴いてもらう機会をつくりましょう。暗譜で弾ける曲を2曲くらい準備します。そして、最も身近なところ人から聴いてもらいます。家族でも、ピアノに近くに椅子を並べて座ってもらうだけで、演奏する側には少しの緊張感が生まれるものです。
聴き手が家族だからといって、何度も弾きなおしたりしてはいけません。1曲を通して聴いてもらい、率直な感想をいただきましょう。
しかし、こんな感じでピアノ演奏を真剣に聴いてくれる家族は、意外と少ないような気もします。小さなお子様のお母さん・お父さんなら、こんな感じで週に1回くらいはピアノを聴いてあげると、お子様も大変上達するのですが…。
それはともかく、身近に聴いてもらえる人がいなくも、聴いている人がいるような緊張感を演奏者自身が演出することはできます。例えば・・・
- 音楽室でどんどん弾く
- 小学生から高校生なら、音楽室のピアノをどんどん弾きましょう。休み時間や放課後に弾くなら、問題ない学校も多いと思います。学校なら人は沢山いるので誰かに耳に届きますし、上手ならそのうち人が集まってくるかもしれません。そうなったらチャンスです。レパートリーを増やしてどんどん発表しましょう。「あの人いつも音楽室のピアノ弾いているけど、あまり上手くないよね」なんて陰口が聞こえてきても、気にする必要はありません。目的は人前での演奏に慣れることだからです。
そのうちピアノ仲間が出来たりと、学校で弾くメリットは多いものです。どの程度の実力の人がどんな曲を弾いているのかもわかってきます。ピアノに鍵がかかっているなら、音楽の教諭に相談しましょう。一般の大学でもピアノを置いてある教室で弾けるチャンスがあるように思います。 - お店で弾く
- 楽器店ではグランドピアノ、アップライトピアノを気軽に試弾できるお店もありますので、店員さんに声をかけて弾いてみましょう。楽器店やショールームによってはかなりじっくりと弾かせてくれるところもあります。楽譜を持ってきて弾くのは何となくためらわれるのでしたら、暗譜で弾ける曲を1,2曲準備しておくといいと思います。
電子ピアノなら、楽器店のほか電器店や大型ショッピングセンターの電化コーナーなど、多くのお店で展示販売していると思います。そういうところで、1曲くらいサラッと披露してみましょう。他のお客さんや店員さんが近くにいるだけでも、それなりに緊張感はあるでしょう。いろんな機種を体験できるいい機会でもあります。
もちろん、勝手に演奏してはいけないお店もあるので、そういったところでは試奏ができるかお店の方に確認してからにしましょう。 - 窓からちょっとアピール
- 生ピアノを窓を開けて演奏するのはもちろん近所迷惑ですが、例えば電子ピアノの音量を調節して、窓から少しピアノの音が漏れるくらいを短い時間なら大丈夫ではないでしょうか。
そのような状況で、「近所の誰かが私の演奏を聴いているかもしれない」と勝手に想像して、仕上げた演奏を披露します。ちょっとした緊張感が生まれるので面白い体験ですが、くれぐれも隣近所には配慮してください。
こんな感じで、誰かの耳に自分のピアノ演奏が届きそうな場所で弾くのです。これに慣れてくると、人前でピアノを弾く恐怖心や緊張も、少しはやわらぐことが期待できるでしょう。
また、自分ひとりでピアノを弾くときでも、1曲を通して演奏するときに、ステージ上で弾いてお客さんがいるのを想像してみましょう。それだけでも、かなり緊張感が違うものです。
つまり、人前演奏にできるだけ慣れる事がまずは肝心ですから、子供なら小さな規模のコンクールに積極的に参加したり、大人なら趣味のピアノサークルや練習会などのピアノ仲間の集まりに参加してみることも良いのではないでしょうか。
作戦2−安全な選曲
緊張してしまいがちな人は、実力よりも少し余裕がある選曲をすれば少しは気が楽になりますが、発表会のための選曲のコツがもう少しあります。
コツといっても、何も難しいことではありません。出だしがゆっくりな曲を選ぶということです。
全体としてはそれほど難しくない曲でも、曲の出だしに難しい動作や速い指の動きがあると、弾く前の緊張感が倍増しますし、そこをミスしたときに動揺して建て直しができずに、その後の全てがメチャメチャになってしまうこともあります。
そういった危険性を軽減するために、速いパッセージが含まれる曲でも、出だしはゆっくりなものの方が気が楽ですし、緊張で固くなりがちな指や体をほぐしてから、速い部分に入っていける利点もあります。例えば数曲をあげてみると
ご注意
発表会などの人前で緊張してしまう人は、実力がある程度ある人や年齢が上になるほど多いような気がするので、ここの例ではほどほどに難易度の高い曲を例にあげていますが、考え方はどのレベルでも同じだと思ってください。
- メンデルスゾーン : ロンドカプリチオーソ
- ピアノ発表会やコンクールなどで定番ですが、前半で指をほぐす時間と緊張感を取り除く時間があるので、後半の速い部分に向けても安心感はあります。最近は中学生くらいでも難なく弾いてしまうので、教育作品的なものだと思っている人もいるかもしれませんが、そうではなく立派なピアノ作品です。
- アルベニス : コルドバ
- 前半の和音から始まって少しずつ曲が盛り上がっていくので、発表会などにも向いているでしょう。譜読みをしやすいので習得しやすく弾きやすいわりには、リズム感とノリで弾けば、豪華に聴こえる曲でもあります。
- ラフマニノフ : 前奏曲 嬰ハ短調 Op.3-2
- これも和音から始まる曲です。響きには注意しなければなりませんが、やはりここで緊張している心を落ち着かせることができます。それから速い部分に入っていきましょう。手が大きくないと弾けないと思いがちなラフマニノフのピアノ曲ですが、これはそれほど苦労しないと思います。
こういった曲たちが緩→急または緩→急→緩という構成になっているので、発表会で緊張する人にも比較的向いている曲だと思います。緩やかな部分を弾いているうちに、緊張感もほぐれてくるものです(もちろん、これらの曲だからといって、発表会で上手く弾けるとか限りませんが)。
もう少し選曲の基準をあげると、演奏効果の高いピアノ曲ということになると思います。要するに弾くのはそれほど困難でなくても(指が動かしやすいなど)、聴いている側には難しく豪華に聴こえる(和音が厚めだったりする)曲ということで、上記の3曲もだいたいそういったことに当てはまるとは思います。
もう少し簡単な難易度の選曲でも、例えばクーラウの「ソナチネハ長調」を選ぶよりも、ランゲの「花の歌」という感じにです。
緩急の急の部分が無い曲でも良いと思いますが、全体にあまりに動きが少ない曲ですと、やはり盛り上がりに欠けることもあるので、それは演奏者や指導者の判断だと思います。
作戦3−ゆっくり弾き始める
これはやっている人も多いかもしれません。仮に曲の出だしから速い曲であっても、とにかくテンポを幾分落として、ゆっくりと弾き始めるのです。
例えば、モーツァルトのピアノソナタの1楽章などは、基本的には最初から終わりまで同じテンポです。ですから「ゆっくりと弾き始めて、速くしていくのはおかしいでしょう?」と思うかもしれませんが、それをほどほどにやるのです。
演奏というのは、意識をしなくても速くなっていくものです。心拍数があがっていきますから、それにともに指の動きも気がつかないうちに速くなっていきます。聴いている側としても、極端でない限りは速くなっていく演奏は気にならないものです(逆に遅くなっていく演奏はとても気になるものです)。
ですから、モーツァルトのソナタのようなものでも、出だしは確かめるように幾分ゆっくり目に弾き始めて、いつもの調子だと確認できたら、後は成り行きでいつものテンポまで持って行きましょう。
本番で指慣らしで落ち着ける状況をつくる
作戦の2と3は似たようなことです。直前に練習なしに人前で1曲を弾くというのは非常に難しいことですから、このように指慣らし的な準備運動と気持ちの落ち着きが必要だと思います。ピアニストのリサイタルと違って、直前リハーサル無しに1曲しか弾かないことが多い一般のピアノ愛好者の悩みかもしれません。
対策としては、2曲弾けるとかなり気持ちが楽だと思います。1曲目に余裕のある、比較的ゆっくりな曲や初見でも弾けそうなくらい簡単だけれど雰囲気のある曲を持ってきて準備運動も兼ねて弾き、2曲目に本当に披露したい曲を並べることができます。また、短めの曲で2曲弾くという方法もあると思います。
ちょっとした準備(普段から試してみましょう)
発表会当日の服装に注意
ピアノ発表会やコンクール・コンサート・試験など、ステージで演奏する当日の服装には、少し注意が必要です。人前で弾くのだからと豪華なドレスやかっこいスーツなどを準備する人もいるでしょうが、肩まわりが窮屈ではないか、袖が長すぎて鍵盤に触れて邪魔にならないかなど、ピアノの演奏を想定して選びましょう。
また、当日着用する服を事前に一度は実際に着てピアノを弾いてみましょう。当日初めて着るのでは、着替えただけで緊張する場合もあるので、練習時に一度着用してみることで、慣れておくことができます。
他にも、普段は「靴」をはいてピアノ演奏をしていない人は、本番の演奏やステージ演奏と同じように靴をはいて弾きましょう。靴下やスリッパの時とはペダルの感覚が異なる場合もありますし、普段慣れないヒールの高い靴の方はピアノの前まで歩く時にスムーズに出て行けるように事前に確認してみることも重要です。。
手を温める
弾く前にステージ裏などで待機している時は、緊張感で血流が悪くなるようで、指先が非常に冷たくなる人もいるでしょう。特にクリスマスシーズンなどの冬のステージでは、使い捨てカイロなどをポケットに準備する人もいると思います。
しかし、短時間では外側から手を温めるのは、意外にもあまり効果が無いものです。いくら使い捨てカイロや熱い缶コーヒーを手に持っても、指の中までには温かさはなかなか伝わりません。
そんな指の冷たい時は、思い切って体を動かすのが効果的です。膝の屈伸運動やスクワット、腕を大きくラジオ体操のようにまわすなど、演奏前のステージ裏などで体全体を使った軽い運動をします。舞台袖や廊下などのスペースで他の出演者の視線などは気にしないで、堂々とやりましょう。緊張感をほぐす効果もあるので、ちょうど良い準備体操になります。
ただし、演奏直前にあまりに体を動かすと心拍数も上がってしまったり息切れをするので、2、30分前に体を動かしておくといいかもしれません。
自分なりの毎回の動作(ルーティン)を大事に
スポーツ選手などを見ているとわかりやすいと思いますが、毎回同じ決まった自分なりの動作(ルーティン)をしてから、構えたり、ボールを投げたり、ショットを打ったりといった動作につなげていく選手はたくさんいます。
例えば、テニスのサーブの時にボールをポンポント何度かコートに弾ませる動作を、選手によっては「帽子を軽く触ってから、ボールを5回弾ませてから、サーブをする」などと決めていたり、ゴルフでショットを打つ前に、毎回体をどこか(肩など)を触ったり何かをつぶやいたりしてからショットの動作に入るなどです。
これらの動作は、その後に動きへの実用的なものもありますが、多くは毎回同じ動作をすることによって集中力を高めたり、ほどの良い緊張感に高めるなどの効果がありますが、音楽の演奏家でも同じようにルーティンを行ってから弾き始める人もいますので、これらをうまく取り入れてみるのもいいでしょう。
例えば、「ゆっくりとピアノの前に座ってから、ピアノのメーカーロゴをじっと3秒見つめてから弾き始める」とか、「『いつものように』と2回つぶやいてから弾き始める」とルーティン決めたならば、普段の通し練習でも決めたルーティンをやってから演奏してみましょう。
こうした毎回決まった動作をすることによって、ほど良い緊張感と高い集中力へとつながる人もいますので、いろいろと試しながら実践してみましょう。
もう少し長い時間のルーティンを考えると、コンクールなどでは「受付時間の1時間前には会場入り軽く下見」、「トイレは行きたくなくても本番の30分前には行っておく」、「ステージに出る10分前にはお茶を一口だけ飲む」など、いろいろと決めておくと安心です。
- 準備万端でも上手く弾けないことも
- 普段は万全に弾けていて、人前でも緊張しなくても、上手く弾けないこともあります。音楽の生演奏というのは、その時の体調にも大きく左右されますし、これまで緊張したことがない人でも、突然その日の演奏前に不安になることもあるでしょう。
私もこれまでに、極度に緊張したピアノ演奏に出会ったことがあります。「曲の途中から弾いてしまい、何度やり直しても途中から弾いてしまう人」・「最後の数小節を飛ばして、いきなり曲を終える人」・「準備していた曲をどうしても思い出せなくて、違う曲を弾く人」という例にも遭遇しました。 そういった現象を完全に予防することは難しいものですが、やはり人前でピアノを弾くことに慣れておくことが一番の対策だと思います。 - 「本番に強い」などと誤解しないことも大事
- あまり仕上がっていない状態で人前での演奏本番当日を迎えてしまったのに、本番では上手く弾けたということも、特に子供にうちはあると思います。
それを子供本人も親も「本番に強い」、「心臓が強い」、「人前で実力を発揮するタイプ」などと誤解してしまうことが多いのですが、そうしたことは2、3回くらいは続いてたとしても、後は上手くいかないものですし、練習をあまりしないでも本番に上手く弾けるのは、曲が難しくならない段階の小学校の3,4年生くらいまででしょう。高学年になると次第に緊張感も増しますし、練習しないで乗り切ることは出来なくなるものです。
本当に本番に強いというのは、しっかりと練習して準備した演奏を本番でも披露できる力のことです。