前ページの解説左手特訓講座を先にご覧いただいたと思いますが、それでも左手のための練習というものを必要と感じる方のために。
これまでピアノを弾いてきたけど、あまりに右手偏重で練習してきた人の中には、左手の動きに不満を感じている人もいるかもしれません。そんな人のための練習方法といくつかご紹介します。(ここでは主に初中級〜中級くらいの人を対象としていますが中級以上の方にも役立つでしょう。)
多声音楽を活用する
左手のための練習というと、左手の強化練習曲をツェルニーの中から抜粋して練習するというのが、真っ先に思いつくことでしょう。ツェルニー30番でいうと、2番や9番です。しかしこれらは数が少ないうえに、動き的には決まったパターンなので、あまり良い練習とも思えません。
そこでお薦めしたいのは、左手でメロディーラインを弾くことです。メロディーはぎこちなく弾くと自分ですぐにわかるので、気をつけながら弾くようにします。これが神経をしっかりと使うので左手の練習には良い方法だと思うのです。
メロディーが左手にたくさん出てくる曲はそれほど多くないので、多声音楽を使いましょう。ここでは一例としてバッハを使用します。
難しい曲である必要はないので、インヴェンションで十分です。例としてインヴェンションの2番で練習します。
ピアノでバッハのインヴェンションを弾いてことのある人なら、大抵この曲は知っているでしょうが、一応譜例を作成しました。
ご存知のように、この曲は冒頭から右手が先行で始まり主題を弾いていきます(譜例01)。
3小節目からは同じ主題を1オクターブ下で左手が追いかけるように入ります(譜例02)。この曲はこのようにして同じメロディーを追いかける形の曲(カノン)なのが、左手の練習のとって良いところです。
何か良いところかというと、この曲を両手でただ何となく弾くのなら、それほど難しくはないと思います。ですが、一応このインヴェンション2番を弾けているような人でも、本当にしっかりと弾けているでしょうか。
左右の手が追いかけるように同じことを弾いているということは、左右の歌い方の質が同等でなくてはいけません。右手はスラスラと弾けているのに、左手はぎこちなく弾いていては多声音楽を弾いているとはいえないのです。
つまり左手の練習にバッハのような多声音楽を使用することの意味は、左手のメロディーラインに最大限気を配るということです。
左右の手が似たようなメロディーを弾くことが多いバッハなら、左手におかしな抑揚がついたり、リズムが崩れたりしたときに、右手と同じようななのか確かめることができます。左手を片手で弾いて確認して、さらに両手で確認という具合にして自分がイメージするバッハを弾けているか耳の確認の繰り返しをします。
機械的練習曲をやるよりも効果的
上記の練習は、多声音楽(バッハ)を弾くときの普通の練習のひとつですが、これをしっかりと左右の手の神経と筋肉を働かせて出来ている人は、実は非常に少ないと思います。バッハをせっかく弾いているのに、左手はダラダラと何にも気をつけずに弾いている人のなんて多いことでしょう。
このように左右がメロディーで対等に活躍する多声音楽をしっかり弾くことは、機械的な練習曲(例えばハノンですね)を、あまり意識をすることなくがんばるよりも、左手のために数倍効果的だといってもいいでしょう。もちろん左手のためだけではなく、音楽的によい趣味を身に付けることにも有効です。(もちろんハノンなどを毎日少しずつ弾いて指の動きを良くしていくことは有効ですが、そればかりにならないようにという意味です)
気をつけたいこととしては、バッハを弾くということは、慣れていない人にとっては結構疲れが早くきます。手にも頭脳にも両方にです。指にも少し力が必要ですので、ピアノを弾きはじめてまもなくの人で、あまりに指がぐにゃぐにゃとしている人はバッハで鍛えることは短時間にしておいた方が無難です。
バッハのインベンションを例にすると、2声の15曲をしっかりと気を使って弾くだけで、かなりの左手強化練習の効果があると思います。どの曲も2ページで計15曲ですから、それほど多い量ではないでしょうが、これを人前で披露できるようなレベルまで仕上げるのは、結構大変です(インベンションを人前で弾く人はコンクールなど以外ではあまりいないかもしれませんが)。
でもそれくらいの演奏がバッハの2声で出来るようになったならば、あなたの左手レベルはかなりのものになっているでしょうから、数曲じっくりとやってみることをお薦めします。ピアノ初級者くらいの方は、インヴェンションではなく、もう少し易しい曲でもいいので例えばバロックの小品集などを活用してみるのもいいでしょう。
多声的な練習曲を使用
バッハのようなバロックの多声音楽以外ではどのような曲を利用するといいでしょうか。
例えば多声的な要素が多い練習曲集を活用するのもいいでしょう。このときにも、左手に多くのパターンが出てくるものが望ましいと思います。
例として全ページの左手特訓講座で取り上げた、モシュコフスキー20の小練習曲を少しみてみましょう。(譜例はなしです)
左手の練習ということに特化しているものは5曲ありますが、そのうち3番はツェルニーなどでも出てくるような音階練習的なものです。しかし、それに続く4番や5番はちょっと違った感じになっています。しかも右手も単純は和音ではなく、多声的な要素が盛り込まれているのです。
このように、練習曲で左手の強化に取り組むときでも、ただ単純に音階練習を繰り返すのではなく、実際の曲に近い形のもので練習をすると、それの動きがほぼそのまま曲に使えるので、より実践的で有効です。
多声的であることが、耳と指の連動という面からも効果的なのは、バッハのようなものを練習するときと同じです。
ツェルニーでもいいのです。左手特化練習曲は少ないですが両手練習曲は多いので、それを有効的に使用すればいいと思います。このときに、単純にこなすだけでなく、自分なりのテーマをつくって変化をつけてみるとよいでしょう。例えば
- 左右の音量バランスを変えて演奏する。左手を7で右手が3など工夫して。
- 非常に小さな音量で、しかしテンポは遅くしないで演奏する。結構難しい練習です。
- 曲想を変えない程度に小節ごとの音量変化。例えば2小節ごとにフォルテをピアノを繰り返すなど。
といったような、主に音量や音色の変化を意識する練習は効果的だと思います。どれもやってみると思ったよりも難しく、普段のピアノ練習ではいかに左手に気を配っていなかったのかを、痛感させられる人もいることでしょう。
参考曲集
バロック的なものや練習曲以外にも、左手の有効なものをあります。
メンデルスゾーン無言歌集 全音ピアノライブラリー |
★★から★★★★ | 左手で多声音楽やメロディーということではなく、アルペジオや伴奏などで少し速い動きを練習したい人にも、メンデルスゾーンの無言歌集は使える曲集です。 プレストアジタートなどが、左手の運動量が多く人気曲です。この曲などがきちんと弾けるようなら、もっと難しいものにも挑戦していけるでしょう。他にも指の運動量とメロディーを歌うことが両立している曲が多く含まれています。 |
シューマン幻想小曲集 全音ピアノライブラリー |
★★★から★★★★★ | シューマンというのは、音の横のラインを非常に重視している作曲家なので、鍵盤上での手の使い方に工夫が必要な場合もあります。ですから、音楽の素晴らしさだけでなく、いろいろなテクニックを身に付ける上でも大切な作曲家ですので、中級以上から上級まで皆さんに弾いてもらいたい曲集です。 もちろん、左手にも非常に有効。「飛翔」などが非常に人気があります。 |
リスト 2つの伝説 (zen-on piano library) |
★★★★★ | リストのピアノ曲の中でも左手が活躍する曲はたくさんありますが、2つの伝説の2番「波を渡る聖パオラのフランチェスコ」は左手が和音だけではなく、トレモロやスケール、アルペジオなどの要素がたくさん含まれているので、中上級者、上級者にもとても勉強になる曲です。 上級者になると曲の好みが偏ってくるので使うテクニックも偏りがちですが、そうした方にもこの曲はいいでしょう。 |
日常生活で左手を活用
ピアノを弾くこと以外にも、右利きの人は普段から積極的に左手を使ってみてはいかがでしょか。
例えば、ハミガキを左手でやってみましょう。どうでしょうか、簡単にできますか?他にも、夏ならウチワで左手を使ってみましょう。料理や掃除でも布巾やスポンジを左手で使ってみます。最初は神経の伝達が思うようにいかないので、動作がムダに大きくなってしまったり、筋肉を思いどおりに動かすことが困難かもしれません。
これらの動作でうまく左手を使うには、まず慣れが必要です。左手の使っていない筋肉を目覚めさせるように、毎日少しずつ左手を使うように努めます。
そして、同じ動作を右手はどのようにして動いているのか、確認してみてください。例えばウチワなら、右手はどこの筋肉を使ってウチワを動かしているのか、どれくらいの幅で動いているか、使っている力はどれくらいなのか・・・。
おそらく、どなたも右手は楽にウチワを使っていると思います。肘や手首が大げさに動くことなく、筋肉に余計な力も入っていないでしょう。
左手も右手と同様に、そのような軽い動作なるまでいろんな動きを日常の中でをやってみるのも一つの方法です。すぐにはピアノ演奏に役立たなくても、余計な力を抜く少しの助けになってくれると思います。
まとめと補足
以上にあげたような練習方法は、たくさんあるうちの一例です。自分のピアノ練習の少しでも役に立ちそうだと感じるものがあれば、それを少しずつ取り入れてみてください。
どんな練習をするにしても、無理はしないことです。疲れを感じたらすぐにやめる。そして、疲れを感じるまで練習しないことが大事です。
こういった練習方法は、左手のためだけでなく右手に当てはまると思います。すでに述べているように、左手にための特別練習をすることに気を向けるよりも、結局は耳でしっかりと聴き両手でピアノを弾くことが、ピアノ上達につながると思うのです。
また、右利きの人にとっては左手の方が不器用なので、かえってピアノを弾く動作を一度きちんと固めてしまえば、崩れにくいということもあるように思います。私も何人かこのケースの人を見たことがあって、右手よりもむしろ良いポジションと動きをしていました。ですから、左手は動きが良くないと決め付けることなく、神経と筋肉が働いているかを、しっかりと自分の自身の感覚(内部意識)と耳で見極めて欲しいと思います。